ニート気質な僕の生きる道

自分の経験を活かして、無職やニートや、ひきこもりなど自分と同じように、「生き方」や「働き方」に悩んだり立ち止まった人が前向きになったり、自分の進みたい道に一歩踏み出すきっかけになるブログを目指しています。

水木しげる先生のお別れ会に参加してきました。

先日行われた

 

『水木しげるサン お別れの会』

f:id:reon5653desu:20160201223117j:plain

その前日位から風邪で体調を崩し、参加予定のオフ会にも参加できなかったのだが、一日ほとんど睡眠をとることで、どうにかこうにか体調も良くなったので予定通り参加することにした。

 

場所は青山葬儀場。ここ最近は週末に天気が崩れる傾向にあったため心配をしていたが、きっと見えない力のなせる技であろう。あるいは水木先生が妖怪にお願いしたのかもしれない。当日は、天気の心配などする必要もないほど気持ちのいい一日だった。

 

僕は今まで有名人などのお別れ会などに参加したことがなかったが、その参加人数には驚いた。

 

青山葬儀場は乃木坂駅から徒歩1分程度という駅から物凄い近い場所にある。一目で「あそこが青山葬儀場だな」とわかるぐらい近い。その敷地の外側をぐるーっと人の列が囲んでいたのだ。

 

「まさか、これって‥‥‥?」

 

最初僕は確信を持てなかったのだが、列を整備している警備の方のプラカードを見て、行列が全てお別れの会の参列者であることを知った。

 

残念ながら写真を撮っていないため、その数を口頭でしか説明することは出来ないが、新聞やニュースによると、お別れ会の合計参加者は約8000人だったらしい。すんごいね。

 

列の内訳も僕よりも若い人から家族連れ、ちょっと年配の方など様々だった。色々な人に水木先生が愛されていることを改めて確認することが出来た。先生の作品や生き方というのはこんなにも多くの方に支持されていたのだと思うと、僕のような関係のない人間でも嬉しくなるものだ。

 

結局葬儀場の敷地内に入るだけでも数十分は列に並んでいた気がする。その後敷地内に入ってさらに数十分。合計1時間半近くは並んでいただろうか??幸い天気も良く暖かい気候だった目特にしんどさも感じずのんびりと列に並びながら時間を過ごすことが出来た。

 

敷地内ではテレビが設置されていて、関係者で開かれたお別れの会の様子を放送していた。水木先生にゆかりのある有名な方々が沢山参加されていた。

 

また、敷地内に設置されているスピーカーから『ゲゲゲの鬼太郎』の曲や『カランコロンの歌』が流れてくると、幼いころ鬼太郎を見ていたころの懐かしい記憶が蘇った。

 

そして、「二度と先生が描いた新しい作品を見る事は出来ないのだな」と思うと、僕の目には少しばかり涙があふれてきたのだった。

 

カランコロンの歌

カランコロンの歌

  • 加藤みどり & ひばり児童合唱団
  • アニメ
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 

ゲゲゲの鬼太郎

ゲゲゲの鬼太郎

  • 熊倉一雄
  • アニメ
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 

そんな中、一番のサプライズは先生の奥さま『武良布枝』さんがわざわざ会場の外まで出てきて僕ら一般の参列者に挨拶をしてくれたことだ。

 

布枝さんと言えば、自伝『ゲゲゲの女房』がNHKでテレビドラマ化されており、僕自身そこから朝ドラを見るようになったといっても過言ではない。

 

このドラマは向井理や松下奈緒といった俳優の認知度を引き上げた作品でもあり、水木しげるという少々風変りな漫画家の妻の視点で書かれた興味深い作品でもある。実際水木先生は売れない時期が長く色々な苦労をされたようだが、先生の活躍があるのは布枝さんの内助の功があったからといえよう。

 

まさに鬼太郎における目玉の親父のように、手のかかる相方を健気に支えた名わき役というわけだ。

 

その布枝さん自身も1932年生まれの御年84歳。もしかしたら脚が悪いのかもしれない。僕らにあいさつするときにはおそらく娘さんであろう方に車いすで押してもらいながら、ゆっくりと会場中を回っていた。

 

僕ら参列者は布枝さんが近くに来るたびに一礼をし、今回のような会を開いてくれたこと、そしてわざわざ外まできて挨拶をしてくれたことに感謝をした。その時にまた少し泣きそうになってしまった(笑)最近の僕はほんとに泣き虫である。

 

その後徐々にではあるが列は進み、ようやく葬儀場の中に入ることが出来た。

中には水木先生の生涯をパネル化したものが飾られており、写真に収めている人が多かった。当然僕も写真を撮ったのでこちらに掲載しておこうと思う。

 

f:id:reon5653desu:20160201231449j:plain

 

f:id:reon5653desu:20160201231545j:plain

 

f:id:reon5653desu:20160201231613j:plain

f:id:reon5653desu:20160201231624j:plain

f:id:reon5653desu:20160201231635j:plain

f:id:reon5653desu:20160201231705j:plain

f:id:reon5653desu:20160201231727j:plain

f:id:reon5653desu:20160201231743j:plain

f:id:reon5653desu:20160201231759j:plain

 

最近の先生の写真から布枝さんと結婚されたときのもの、戦時中にお父さんと撮影されたものなどなかなか僕らが目にすることが出来ないものを見る事が出来た。

 

また水木先生のへその緒のパネルがあったのには驚いた。そしてちゃっかり国宝武良茂と書かれているのには思わず笑ってしまった。だが、妖怪という日陰の存在に日を当て、文化にまで発展させさらに戦争というこれまた目をそむけたくなるような現実を僕らの世代にまで『漫画』という武器で伝えてくれた水木先生である。それこそ国宝級の人物であったと僕は思う。

 

先生の作品や先生の生き方、考え方にどれだけの人が影響を受けたのだろうか??今回お別れ会に参加した人の数を見ても、先生の偉大さというものを改めて感じる。

 

さらにお別れ会の本会場の様子もお伝えしたい。

f:id:reon5653desu:20160201232617j:plain

 

先生の作品たちの真ん中で先生はまんべんの笑みを浮かべていた。僕がテレビで見たまんまの無邪気な笑顔をされている水木先生だ。係りの人からお供え用の花を渡され参列者一人一人が先生に手を合わせ、それぞれの思いを先生に伝えていた。

 

さらに、会場には鬼太郎に問題解決を依頼をする際に手紙を入れる『妖怪ポスト』が設置されていた。

f:id:reon5653desu:20160201233412j:plain

 

手紙をお持ちの方ははここに投函してくださいとのことだったので、事前に書いた手紙を投函しておいた。あの世の先生に直接届ける事は出来ないが、もしかしたら鬼太郎を通じてあの世にいる先生に届けてくれるかもしれない。

 

文章自体は奇をてらったものでも何でもなく、素直に感謝の気持ちを書いておいた。ねずみ男に仕分けされないことを祈るばかりだ。

 

そのまま葬儀場を出る際にポストカードを係りの人に渡された。

f:id:reon5653desu:20160201233846j:plain

 

「好きなことをやりなさい」

 

まるで、今の僕の悩みを先生は見抜いているかのような言葉である。

やはり先生には神通力のようなものがあるのかもしれない。

 

このカードは僕の一生の宝物だ。

 

水木先生。作品や先生の生き方、言葉を通じて先生には沢山の物を与えていただきました。お疲れさまでした。あの世でも大好きな漫画を描きつつ、のんびり妖怪たちと暮らしてください。

 

それでは今回はこの辺で(^^)