ニート気質な僕の生きる道

自分の経験を活かして、無職やニートや、ひきこもりなど自分と同じように、「生き方」や「働き方」に悩んだり立ち止まった人が前向きになったり、自分の進みたい道に一歩踏み出すきっかけになるブログを目指しています。

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自分がニート気質になった過去を振り返ってみた⑤ちょっと前から現在の僕について

どうもラッキーマンです。

 

過去の記事で僕がニート気質になった過去を振り返ってみました。

詳しくはこちらから。

 

reon5653desu.hatenablog.com

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そもそもニート気質ってなんやねんって話ですが、なかなか言葉では言い表しにくいのです。

 

僕の中では一応

『自分を犠牲にしてまでは働きたくはない』という考えをニート気質と捉えています。

 

これは別に労働そのものを否定するわけでもないですし、

かの有名な『働いたら負け』というような極端な考えでもありません。

 

僕は労働というものが素晴らしいものあると認識しています。

誰かの労働がなければ、現在の便利な世界というものは存在しないし、

今僕がこうしてブログを書く事すらかないません。インターネットを通じて

僕のような小市民の考えを公開するということもできないわけです。

 

 

ただ、そうした労働の素晴らしい側面を認識しつつも、僕の中では『働く』という言葉にはあまりいいイメージがありません。それは僕がどちらかというと物事をネガティブに受け止めてしまう人間であるという事も理由としてあるとは思います。

 

 

ですが、僕がネガティブな人間という事を差し引いて考えたとしても、企業の利益のために自分のプライベートな時間を削られてしまって疲れ切って休日は寝るだけの生活だったり、働き過ぎて自殺や過労死をしてしまうことや、ストレスなどで体調を壊してしまうこと等を『素晴らしい』事であるとはどうしても受け止められないのです。

 

 

この考えは極端な考えかもしれません。

実際僕の周りで働きすぎて自殺をしたり、過労死したりという人はいませんからね。

ただ、どこかの誰かが自殺をしたり過労死をしたという事はニュースになったりしますし、僕の周りでも体調を崩したり、忙しくて休みの日は寝ているだけという人はいます。

 

 

不名誉なことに英語辞書には過労死は『karoshi』として載っているほどです。

国際的にも有名な単語となっているようです。

 

 

朝は始発で帰りは終電。

これは人によるのかもしれませんが、

僕はそんな生活は出来ないなーと思います。

 

 

ほんの数日程度なら可能かもしれませんが、

それが1か月も連続で続けばそこで根をあげてしまいそうです。

 

さらに、そこには満員電車という恐怖の苦行が加わってきます。

 

僕の以前の仕事はサービス業で、出勤時間は多少ばらけてはいたのですが、

それでも日によっては満員電車で職場と家を往復するということがありました。

 

 

僕はそれがもう苦痛で苦痛でしょうがなかった。

人ごみが苦手な僕にとってそこはストレスの場でしかない。

 

 

夏は猛烈な暑さの中汗まみれの人と密着し、

冬は冬で暖房によって暑くなりすぎた車内で人と密着をする。

 

 

これを楽しいと思える人がいるのだろうか‥‥‥

しかも、職場の最寄り駅まで1時間近くあるわけですから

その間ずーっとではありませんが、体力は削られていきます。

 

 

体力だけではなく、精神的にもですかね(^^;

職場につく頃にはもうへとへとですね。

 

 

そして日によっては朝の8時半~21時半近くまで働き、

自宅に帰る時間は23時~24時の間‥‥‥。

 

 

どこかのお店によろうとか、そんな余裕は全くありません。

しかも、帰りの電車も下手をすればぎゅうぎゅうの電車に揺られて帰ることになります。

そんな風にしてヘロヘロになりながら帰宅して、そこからご飯を食べて風呂に入って

寝るのは24時~1時の間

 

風呂に入っている時に、

『このままでいいのだろうか‥‥‥』

とよく思ったものです。

 

 

僕にとって救いだったのは、毎日そういう生活だったわけではなく、

日によっては少し遅めの時間帯から仕事がスタートするという事もありました。

 

 

ただ、それは単純にお客さんがその時間に予約を入れて

いなかったからというだけであり、お客さんが増えれば増えるほど、

仕事への拘束時間は長くなります。

 

 

当時は月に18~22万円程度はもらっていました。

彼女もいない実家暮らしの非リア充の僕にとっては生きていくには十分です。

ですが、僕はこの先のことを想像してしまいました。

 

 

『今でさえ、家に帰るのが23時とか24時の日があるのに、お客さんがもっと増えたら自分の生活はどうなるのだろうか?』

 

 

今までであれば、比較的余裕のあった日はありました。ですがお客さんが増えれば忙しくなります。忙しくなるのはいいことでもありますが、その分仕事の拘束時間は長くなるわけです。

 

 

僕にとって苦痛でしかない朝8時半~夜22時まで働いて家に辿りつく時間が23時~24時という生活が休日以外毎日続くことになるのです‥‥‥

 

 

その場合、給料は増えるかもしれないけど僕自身の時間はほぼ無くなります‥‥‥

少なくとも仕事のある日は職場と家の往復だけで1日が終わります。

しかも、その場合ほぼ満員電車で往復することになり、さらに体力は消耗します。

 

 

そして、数少ない休日は体力を回復させることに専念して

遠出もしないし、家で休むだけの生活になります。

 

 

『そんな生活がこれから始まろうとしている‥‥‥』

想像しただけで僕は恐ろしくなってしまいました。

自分の人生はこれから、ずーっとそんな感じなのかと思うと何だか怖くなってしまったのです。

 

 

もちろん、職場の近くに引っ越せば満員電車を回避できるし、

毎日家に帰宅時間をかなり早めることも可能でしょう。

22時~23時ぐらいにすることはできます。

 

 

それでも、やはり物凄い時間を仕事に拘束されるということには変わりはありません。

僕にとって1日中拘束され続けるという事はやっぱりしんどいわけです。お客さんの喜ぶ顔を見たり感謝の言葉をもらえるのはとても嬉しいんだけど同時に自分の時間もある程度は欲しい、そんな事を思っていました。

 

 

そういった考えを抱いていたころ、僕は体調を崩してしまいました。

それは、原因がよく分からないものです。

おそらくストレスや生来のネガティブ気質などが重なったのでしょう。

 

 

 

最初のうちは気のせいかと思っていたのですが、

そのうちお客さんと接している時でもぼーっとしてしまったり、

集中力が切れてしまうのが自分でもわかるようになりました。

(お客さんには気づかれていなかったのが幸いです。)

 

 

しかも、寝れていないので体力的にも疲労はたまり、

身体も重く、ますます仕事に集中できない‥‥‥

という悪循環です。

 

 

『このままではマズイ』

僕はこう考えるようになりました。

 

 

いくら寝ようと思っても寝れないので、薬を飲んだりして何とか睡眠をとりました。

でも、ぼーっとしてしまうとか集中力が持たないというのは続いてしまいます。

 

 

そして、数か月が経過し僕はある決断をすることになります。

もうお分かりかと思うのですが、

『仕事を辞めること』です。

 

 

この決断をし、僕は現在の状態に至ります。

浅はかな決断かもしれませんが、あの時の僕にはそうする事がよりベターな選択だと思ったのです。

 

 

『このまま続けて体調をさらに悪化させるよりも、自分の健康を大切にしよう。』

 

 

人によっては甘いと考えるかもしれません。

体調が悪くたって、僕よりも長時間拘束されたって働いている人はいるし、

それで頑張っている人はいる。

 

 

それは紛れもない事実です。

ですが、それが理想的な自分がいいなと思う働き方、いやっ働き方というよりは

自分の人生なのかと言われるとそうとは言えない人も中にはいるのではないでしょうか??

 

 

もちろん中には仕事が大好きでずーっと仕事をしていたいという人もいるでしょう。

3度の飯より仕事が好きという人も中にはいるはずです。

 

 

僕はそういう人の価値観を否定するつもりはありません。

僕とは違う価値観ですが、その人はそれが幸せなのだからその働き方を続けていけばいいと思います。

 

 

でも、僕には体調を崩しながら働くことが不本意である、あるいは自分の時間が持てない、家族との時間が持てない、長時間拘束されることを希望していないという方は

大っぴらに主張していないだけで意外と多いのではないかと思います。

 

 

僕はそうまでして働きたいと思いません。

自分の健康を犠牲にしたくはありません。

 

 

僕もこれから先の長い人生を生きていかなければならないですし、

可能であればパートナーを見つけて、こどもを育てたいという思いもあります。

 

 

ただ、そのために自分の身を削って働くことがいい事であるとはどうしても思えません。もちろん、守るべきものがいる以上多少の我慢は必要なのかもしれませんが、かといって自分を犠牲にする事に対してどうしても肯定的にとらえることが出来ないのです。

 

 

よく定年後にあれこれやりたいので、今は我慢して働いているという人がいますが、

そんな数十年先の不確定すぎる未来のために今の自分を犠牲にすることはしたくないのです。

 

 

冷静に考えれば今の時代ですら年金は削られ、人によってはそれだけで生活できず定年後も働いています。僕が今の法律でいう定年の年齢を迎えるのはあと30年~35年程度ですが、その時に年金制度はなくならないにせよ、もらえる金額は確実に目減りしているはずです。

 

 

そしたら、その後も働き続ける必要があるわけです。

70歳、75歳、下手したらもっと働く必要があるかもしれないのです。

 

 

いくら平均寿命が延びているにせよ、それまでに何があるかわかりません。

その時に今と同じように健康でいれるかどうかもわからないわけです。

もしかしたら死んでいるかもしれません。

 

 

そうなれば、今メチャメチャ我慢して働いたとしても、

残るのはただ、働いて死んだという事のみ。

定年後に思い描いていた、バラ色の人生のために働いていた自分は何だったのだろうか?そう思う気がして僕はなりません。

 

 

もちろん、定年後に色々とやりたいと思うこと自体は悪くもなんともないですが、

不確定すぎてその為に働くという希望的な観測が僕にはどうしてもできないんですね。

 

 

 

『じゃあ、どう生きるのか??』

なんだかんだ言っても僕は現在職がありません。

 

 

どう生きていくのか今後について考える必要があります。

そう考えたときに、僕は次に仕事をするのであればこのような条件を満たしていることが絶対であると考えました。

 

  1. 長時間拘束され続けない
  2. 休日があり、体力の回復だけでなく旅行やレジャーなど自分がやりたいことに使える。
  3. プライベートな時間を十分確保できる
  4. お客さんが増え続けても自分の時間は確保することが出来、なおかつ稼ぎが増える。
  5. 満員電車に乗ったり、長時間の移動によって体力や精神を削られない。
  6. 自分がやりたい事、したい事を余裕で出来るぐらい稼げる。
  7. 自分で意思決定が出来る(人の意見に左右されない、雇われない)

 

とまぁ、理想論について語ってみましたが基本的にはいくら探してもこんな会社はないわけです(^^;

 

 

①~⑤についてはこれまでの記事を読んでいただければ、

僕が求めるものであるという事が分かっていただけると思います。

 

 

⑥については僕は老人になってもあくせく働くという事をしたくないですし、

出来れば健康である今のうちにのんびり色々なところを旅したり、美味しいものを食べたり、何かを体験したり経験したりという事をしたいと考えています。

 

 

その為には当然お金が必要です。

僕、ニート気質ではありますが、お金は嫌いではないです(笑)

 

 

お金で品性は買えませんが、資本主義社会である以上

商品やサービスなどはお金で買うことが出来るので。

 

 

⑦については働いてみて感じたことなのですが、どうも僕は人に指図をされたり、

人に行動を制御されたりというのが苦手というか、嫌だなと思うタイプのようなのです。

 

 

ここまでくると立派な社会不適合者ですね。自分でもそう思います(笑)

 

 

そんな不適合者にあう会社なんてあるはずないよなーなんて思いながら悶々とする日々を送っています(>_<)

 

 

まぁ、でもお金がだいぶなくなってきたのでまずは活きるためのお金を確保することから考えなくてはなりませんね。その辺をどうしようかどうしていくかをブログで書き記していければと考えています。

 

 

なかなかうまくはいきませんが僕と同じように悩んでいる人もいると思うのでそういう人たちの参考になるような記事を書けたら嬉しいですね♪迷いながらブレながらちょっとずつ前にすすんでいければと考えています♪

 

 

それでは今回はこの辺で!!

最後までご覧いただきありがとうございました!

次回もよろしくお願いします!