ニート気質な僕の生きる道

自分の経験を活かして、無職やニートや、ひきこもりなど自分と同じように、「生き方」や「働き方」に悩んだり立ち止まった人が前向きになったり、自分の進みたい道に一歩踏み出すきっかけになるブログを目指しています。

年末になって色々な人と会った中で考えたことをぶっちゃけてみる。

つい、先日学生時代の友人たちと忘年会をしてきた。

場所は僕にとって鬼門とも言える新宿。さすがに年末の新宿は人であふれている。大半はカップルかもしくは友達同士のグループ。

 

「どいつもこいつもリア充の雰囲気を醸し出してやがる。」 

ひねくれ小僧の僕は、心の中で毒づいた。だが同時に幸せそうな人たちが歩いていく後ろ姿を見ると物凄く羨ましかった。非リア充代表として活動していた僕もここ最近はリア充に対して憧れを抱いている。だって単純に楽しそうなんだもん。

 

「来年はリア充になりたいなぁ。」

そんな事を考えているとちょっと悲しくなってしまった。今の時点ではリア充ではないことは明らかだからだ。はたから見ればダメ人間。

 

果たして来年の僕はどんな事をしているのだろうか。もう少し自分の人生を楽しめているのだろうか??

 

「どうせ生まれたからには人生を楽しみたい。ニートでダメ人間でもきっと‥‥‥」

 

年末というのは特に色々な感情が渦巻く時期だ。自分以外の人間がいたるところで輝かしい活躍をしている。(ように見える。)テレビの中の人たちも、街中にいる人たちもキラキラしている(ように見える)

 

そういう人たちの姿を見ているとついつい自分の現状と比較してしまいがちだ。人と比べるのはよくない。さんざん比べて落ち込んできたじゃないか。自分のダメ人間ぶりを嫌というほど確認してきたじゃないか。もうそうやって自分を追いつめるのはやめにするべきなのだ。

 

「自分のやりたい事をやる」「人と自分を比べない」「恐れず行動する」

 

物凄い陳腐な目標かもしれないが、これが来年の僕にとって必要なことだと思う。

 

忘年会で再会した友人に「来年は頑張るよ。」と伝えた。年下の彼には半年ほど前に説教されていた。堕落した人間に成り下がっていた僕に「そんなんじゃだめだよ。」と言ってくれた。彼は僕の言葉を聞いて「そう思ってくれてうれしい。」と言った。

 

説教をされたときには、正直「なんでそこまで言われなきゃならないんだ。」と苛立ってしまった。僕だっていろいろ考えている。メチャメチャ悩んでいるんだ。ただ、僕の内面を彼がすべて把握出来るはずもない。目に見える僕の姿から判断するしかない。彼から見た僕の姿というのはさぞ、堕落しきったダメ人間に見えたことだろう。

 

ズバズバと僕の事を批判する彼の言葉に対して、恥ずかしい事だが僕はちょっとキレてしまった。お酒を飲んでいたとはいえ彼には悪い事をしたなと猛省した。なんて事を。彼は僕の事を思ってくれていたのに。

 

そんな恩知らずの僕に対して、半年ぶりに会った彼は「心配していた」と言ってくれていた。あんな振る舞いをしてしまった僕の事を心配してくれていたのだ。

 

単純に嬉しかった。ありがたいと思った。

こんな僕の事を誰かが心配してくれて、時には説教をしてくれる。そういう人が僕の周りにいてくれるだけで励みになる。やっぱり人って誰かに思ってもらえると嬉しいものなんだと思う。

 

来年もまた彼をはじめとする友人たちを会うこともあるだろう。その時に彼をがっかりさせないようにしたい。充実した僕の姿を見せたい。いやっ、見せなければならない。

 

これが僕が年末になって考えたこと。

なんだかとても青臭い日記になってしまった。まるで10代が書いたような記事だが、これを書いたのは30歳(笑)文章もなかなか大人になりきれないがしょうがない。これが僕なのだ。

 

テレビでは年末の格闘技番組を放送している。格闘家はやっぱりカッコいい。どんな強い人でも負ける。負けてもまた立ち上がる。あんな根性僕にはないが彼らの姿を見習いたい。そんな事を思った年末のある日の一日であった。

f:id:reon5653desu:20151229214817j:plain