ニート気質な僕の生きる道

自分の経験を活かして、無職やニートや、ひきこもりなど自分と同じように、「生き方」や「働き方」に悩んだり立ち止まった人が前向きになったり、自分の進みたい道に一歩踏み出すきっかけになるブログを目指しています。

天使を愛したある男の話。

今日は僕の家族の話をしようと思う。

 

僕の父方のおじいちゃんは血がつながっていない。

僕がその事を知ったのはほんの数年前。

ひょんなことから、知ることとなったのだがそれまでそんな事疑うことすら考えなかったのでこの事実を知った時には正直驚いた。

 

小さいころ、父の田舎に一緒に里帰りするといつも祖父母で温かく迎えてくれて「○○ちゃん、よく来たねー。ゆっくりしていきなよ」と優しい笑顔と共に迎えてくれたのを覚えている。田舎によくいる優しいおじいちゃんだった。それが僕にとってのおじいちゃん。

 

年月が過ぎ、祖母は既に他界していて、僕のおじいちゃんは現在父の兄、つまり僕にとっておじさんに当たる人と、一緒に暮らしている。今は認知症がだいぶ進んでしまっていて、父と共に僕が大人になってから尋ねた時は、僕の事をあまり覚えていないようだった。 

 

ただ、僕にとっていつも温かく笑顔で迎えてくれたおじいちゃんが本当のおじいちゃんである。まさかもう一人僕にとっておじいちゃんと呼べる人物がいるとは夢にも思わなかったのだ。

 

ただ、僕がその人の事を知らないのも無理はない。なぜなら、その人は僕の父が赤ん坊のころにおばあちゃんと離れてしまい(しばらく離婚はしなかったらしい)、僕の父ですら顔を見たこともないというのだ。

 

その人が数年前に亡くなったという連絡が我が家にも届き、その際に僕も偶然その事実を知ることとなったというわけだ。

 

その人が僕のおばあちゃんと離れた後、どんな人生を送ったのか興味深いがなくなった今となってはもはや知るすべもない。

 

今も父の田舎にいるおじいちゃんは、おばあちゃんの事をものすごく愛していた。

 

 

どの位愛していたのかというと、僕が父と共に尋ねていった際におばあちゃんの事を「天使のような人だった」という位なのだ。

 

 

夫婦になるぐらいなのだから、見合い結婚でもない限り相手に好意を抱いて結婚するのは自然な事だろう。ただ、相手の事を「天使」と呼べるぐらいに奥さんの事を愛している夫婦が世間にどれぐらいいるだろうか?

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僕はおじいちゃんからこの話を聴いたとき、「おばあちゃんは幸せだったのだろうな」と改めて思った。自分のパートナーを天使だなんてなかなか言えない。

 

 

ただ、そこまでおばあちゃんの事を愛していながら、おじいちゃんはおばあちゃんとの間に子供をつくらなかったのだ。「天使」のようだと心の底から愛している人との間に子供が欲しいと思わなかったのだろうか??僕は不思議でならなかった。

 

 

これは僕の想像にしか過ぎないがこう考えると何となくしっくりくる答えを見つけることが出来た。あくまで想像だが聞いてほしい。

 

 

おばあちゃんには別れてしまった僕の実のおじいちゃんとの間に既に2人の子供がいた。(僕の父と父の兄)自分がおばあちゃんとの間に子供を作ってしまったら、もしかすると知らぬ間に自分の本当の子供をひいきしてしまうかもしれない。

 

 

おじいちゃんは優しい人だったので、意識的にそうする事はないと思うが誰だって実の子供はかわいいと思うものだ。無意識にそうしてしまう可能性もあるかもしれない。

 

 

そうなると、自分にとって実の子供ではないおばあちゃんの連れ子がかわいそうではないか。寂しい思いをさせてしまうのではないか。おじいちゃんはそう考えたのではなかろうか?

 

そして、本当はおばあちゃんとの間に子供は欲しいけど、子供たちのことを考えてあえて自分との間には子供をつくらなかったのではないか。

 

 

僕はそう考えたのだ。

真相はわからない。もしかしたらただ単におばあちゃんと一緒にいれればよかったのかもしれない。

 

 

戦争中はもう少し戦争が長引けば特攻隊になっていたかもというおじいちゃんだ。愛する人の家族を守るために、おばあちゃんとその連れ子を守るという事を最初から決意してくれていたのかもしれない。

 

 

真相はわからない。分からないが父も父の兄も立派に育ててもらい、そのおかげで僕が生まれた。おじいちゃんは立派に家族を守ったのだ。自分にとって血のつながりなど一切ない子供たちをまるで実の子供のように愛してくれたのだ。そう考えると、感謝の念しか出てこない。

 

 

ここ数年、おじいちゃんには会えていない。認知症も進み、僕の事などすっかり忘れてしまっているだろう。

 

 

「ありがとうございます。」

 

 

直接この言葉を言わなければならないと思う。

 

 

追記

2016年7月某日。おじいちゃんはなくなりました。生前あいさつをする事はかないませんでした。今はただただ天国で愛する天使(おばあちゃん)と安らかな日々を過ごしてほしいと思っています。