オバログ

日記から読んだ本や映画の感想、時事問題まで綴るブログです。弱者の戦い方、この社会がどうあるべきかも書いていきます。

心頭を滅却する前に冷房を使おう

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 天気予報を見ると、この日の気温は35度を超えたらしい。いわゆる「猛暑日」ってやつだ。文字からしてクラクラしてしまうのだけど、外を歩いてみても、やっぱり「暑い」しか言えない。元々少ない語彙がさらに少なくなってしまう。

 

 ちなみに猛暑日って言葉は、いつから使われるようになったのだろうかと調べてみた。

 

気象庁は07年に最高気温35度以上の日を予報用語で「猛暑日」と定めたが、40度以上の特別な呼び方は設けていない。

引用元∶『「猛暑日」その命名理由は?最高気温40度以上、今年すでに8地点 35度でも安全でないのに•••』東京新聞、TOKYO Web、2022年8月16日 https://www.tokyo-np.co.jp/article/196244

 

 そうか。自分が高校生の頃はまだ猛暑日なんて呼び方はしていなかったのか。確かに中学や高校の友人との間に「猛暑日」なんてワードが出た記憶はなかった。今のところ40度越えの日に名前はついていないみたいだけど、そのうち「酷暑日」みたいな呼び方になるのかもしれない。

 

 顔から流れ出る汗をタオルで拭きながら街を歩いていると、チラホラと制服姿の学生が目に入る。この暑さにもかかわらず、軽快に自転車を漕いで目の前を通り過ぎていく。自分も20年ぐらい前は制服を着てチャリを漕いでたなぁ、毎日制服を着ていた時があったんだなぁと当時を思い出す。

 

 それにしてもこの暑さだ。学生を見て思ったけど、10代の頃はよく30度を超える屋外で部活なんてやってたもんだ。あの頃は若かった。常に日光にあたってたからか、もはや地肌の色を忘れてしまうぐらいに日焼けしていた気がする。バシバシ降り注ぐ日射しを浴びながら、自転車で40分ぐらいかけて高校まで通っていた。それから部活の練習やら試合やらをしていたわけで、どれだけ元気だったんだと思う。当時はそんなこと微塵も意識しなかったけど、若さとは体力(スタミナ、回復力)があることなんだと思った。日差しのダメージ、暑さのダメージを上回る体力があの頃はあった。

 

 夏といえば、子供の頃は海やプールも好きで友達と行ったりもした。正直、ギラギラ照りつける日差しの下で泳いだりするのは、めちゃめちゃ体力を消耗するのだけど、やっぱりそれを若さでカバーしていた気がする。客観的に当時の自分を見ると元気だったと思う。もちろん、家に帰れば疲れて早めに寝てしまうこともあったけど、翌朝になれば体力は回復していた。今は口が滑っても、そんな体力が自分にあるとは言えない。むしろ、子供たちがプールサイドや浜辺ではしゃいでいる横で、大きなビーチパラソルのかげに身を隠し、いつまでも眠り続ける中年のおじさんたちに共感してしまう。子供は体力おばけで、彼らに付き合うと中年は一気に体力ゲージが削られてしまい横になりたくなるのだろう。中年の皆様、お疲れ様です!

 

 それにしても、このブログを書いているのはまだ7月の初めだ。その時点で、すでに猛暑日がなんたらとか言ってるなんて、梅雨はいったいどこに行ったんだ。そして、今年の夏の暑さはどうなっちまうんだ。そんな心配をしてしまう。

 

 年配の方だけでなく、10代の若い人たちが熱中症で倒れたなんてニュースもチラホラ見聞きした。いくら、若い人に体力があるといっても、この時期にこの暑さは想定外だろうし、耐えられる許容範囲を超えているのだろう。

 

 近所では毎日ようにサイレンを鳴らしながら、救急車が走る音が聞こえてくる。もちろん、全てではないにせよ、暑さによって熱中症になった人もいるだろう。暑すぎると人は簡単に体調を崩す。心頭を滅却してもあちいもんはあちい。ぶっ倒れるもんはぶっ倒れる。必要なのは気合じゃなくて、冷房と水分。今年の夏も無事過ごせるよう、皆さんも気をつけて。