ニート気質な僕の生きる道

自分の経験を活かして、無職やニートや、ひきこもりなど自分と同じように、「生き方」や「働き方」に悩んだり立ち止まった人が前向きになったり、自分の進みたい道に一歩踏み出すきっかけになるブログを目指しています。

『15歳のコーヒー屋さん 発達障害のぼくができることから ぼくにしかできないことへ』の感想を書いてみた!

ここ最近は、ネットやSNSでプロフィールに発達障害と書かれている方達を目にすることが多くなってきた気がします。これは、以前に比べて発達障害が世間一般に広まった証拠だと思うんですよね。

 

おそらく今から20年以上前とか、世間で発達障害という言葉を知っている人なんてほとんどいなかったはず。でも、発達障害って言葉はなくても実際に発達障害の人はいて、苦しんだり「何か自分は人と違うのかも‥‥‥」と悩んでいたりもしたのでしょう。そういう人たちからすると、自分が悩んだり、なんかうまくいかない原因がようやくわかるようになったのが今なんじゃないかな?

 

よし、原因はわかった、自分は発達障害だってことが仮に理解できたとしても、「自分はこれからどう生きていこうか?」ってところで悩む人って多いと思うんですよね。

 

今回はそんな悩みを抱える発達障害の人やその家族の人が読んだら、参考になるんじゃないかなって本を紹介してみようと思います。それがこちら。

 

著者の岩野響さんは15歳でコーヒー屋さんを始めた方です。彼は小学校三年生の時にアスペルガー症候群と診断されたとのこと。ちなみに、アスペルガー症候群とは次のような障害のことです。

 

アスペルガー症候群は一般的に、知的障害や言語の発達の遅れはないものの、コミュニケーション能力など、対人関係がうまくいきづらい障害とされています。

引用元:『15歳のコーヒー屋さん 発達障害のぼくができることから ぼくにしかできないことへ』p20 著者 岩野響 KADOKAWA

 

本書では、筆者の岩野さんが「発達障害の何が苦しかったのか」「発達障害から不登校になった理由」「コーヒー屋を開くに至った経緯など」などご自身の過去を振り返りながら、今に至る経緯について丁寧に語ってくれています。

 

発達障害の当事者とその家族、どちらの考えも知ることができる一冊

この本が参考になると思うのは、岩野さんだけじゃなくて、ご両親もそれぞれの立場から岩野さんの過去を振り返り、悪戦苦闘した日々や、自分たちが当時どんな事を考えていて、どんなサポートをして何がうまくいって何がうまくいかなかったかなど、具体的なお話をしてくれているところです。

 

当事者である岩野さんは、もちろん色々と苦労されたでしょうが、この本を読むとサポートするご両親も大変だったことがよーくわかりますね。今でこそ発達障害についてだいぶ認識も広まってますが、岩野さんの幼少期はまだまだ世間一般に浸透しているとは言えなかった時代ですから。

 

なんとか通えるようになった保育園でしたが、響はできないことだらけでした。

お遊戯もできたことがありません。みんなと一緒に歌を覚えたり、踊ったりすることもできませんでした。

おたのしみ会のような舞台に登場してきても、みんなから離れて、ひとりでポツンとしているような状態でした。

引用元:『15歳のコーヒー屋さん 発達障害のぼくができることから ぼくにしかできないことへ』p37  著者 岩野響 KADOKAWA

 

なので、↑のようなことがあっても、単純にダメな子とかできない子っていう風に捉えられてしまう。この当時は保育士さんも発達障害のことをよく知らなかったらしく、ご両親の育て方に問題があるんじゃないか?という風にとられてしまう。だから、響さんのお母さんは、あまり保育士さんにも相談が出来なかったみたいです。

 

じゃあ響さんが小学三年生になって、お医者さんからアスペルガー症候群と診断されてからはどうだったのか?障害ってことがわかったわけだから、もう大丈夫なんじゃないかというと決してそんなことはないわけです。

 

「アスペルガー症候群」の診断がついた響に対して、小学校側からは特別支援学級への移動を提案されました。

クラスを騒がしくしている原因を作っている子たちが何人かいる、という話を響本人や同級生の親御さんから聞いていました。なのに、響だけクラスを移すということにはさすがにぼくたちも納得がいかず、学校側との話し合いを重ねました。

引用元:『15歳のコーヒー屋さん 発達障害のぼくができることから ぼくにしかできないことへ』p60  著者 岩野響 KADOKAWA

 

響さんは、発達障害の子たちに多いとされる聴覚過敏だったんです。そのため、騒がしい教室にいると音が大きく聞こえるなどして辛いので、教室を飛び出してしまう。でも、学校側は響さんだけを移すという対処療法的な解決策を提示して根本的な解決をしようとしなかったんですね。

 

こういうことを実際にされることで、響さんのお父さんは障害を持つ人に対する教育現場や社会の対応を知ったそうです。まぁ、できれば学校には悋気対応差を求めたいところですが、波風立てたくないというのが本音でしょうから、無理もないのかもしれません。

 

ただ、ここで素晴らしいなと思うのは、響さんのご両親はこうした学校とのやり取りでも、学んだことがあると前向きに捉えているってことなんですよね。

 

何かに文句をいって、反発し続けても変化はない。だから、私たちは夫婦で、家族で考えて考えて、みんながいい解決方法を見出すことに努力しました。

引用元:『15歳のコーヒー屋さん 発達障害のぼくができることから ぼくにしかできないことへ』p61  著者 岩野響 KADOKAWA

 

普通は、「だったらもう学校なんかに頼らない」となってしまいそうですが、そこで両方の落としどころを探ってお互いが納得できる解決方法を提示する。この辺りはほんと参考になりますね。僕ならたぶん「じゃあもういい、自分でやるから!」って学校と決別しちゃいそう。この辺はすごく見習いたい‥‥‥。

 

やはり、出来ることに目を向けるのが大事!!

響さんは結局、学校生活になじめなくなってしまって中学校の時に不登校になってしまいます。響さんの場合、計画的に物事を進めるのが苦手ということで、中学校で課される宿題をこなすのがものすごく大変だったというのが理由の一つです。

 

みんなが出来ることが自分にはどうしてもできない。響さんは相当つらかったでしょう。それでも、なんとかこなそうとご両親も協力をして宿題をこなす。なんと、中学1年の夏休みの宿題は、ご両親がこなしたそうです。でも、これではとても学校に適応できているとは言えませんよね?これからずーっとご両親が宿題や提出物を手伝うというのは現実的ではないからです。

 

じゃあ、支援学級に行ったらという話にもなるんですが、響さんは小学校の時にも支援学級に通っていてその時にかなり辛い経験をされており、支援学級には行きたくないとのこと。そして、響さんは学校に通うことをやめ、別の道を模索することになります。

 

そんで、次に行ったのが不登校の人を受け入れてくれる教育支援機関。響さんはここでも色々な課題が与えられて、できなくってダメな子ってレッテルを貼られてしまう。発達障害について一生懸命説明しても、なかなか理解してもらえない。結局響さんはこの教育支援機関にも行かなくなってしまったんです。

 

僕はこういう支援機関みたいなところだったら発達障害の人に対して多少なりとも理解あるんじゃないかと思ってたんですよね。でも必ずしもそうじゃないっていう現実があるんだなぁっていうのを、この本を読みながら痛感しました。でも、こういうところこそより発達障害のこととか理解しなきゃいけないんじゃないかなぁって思ったりもするんですが‥‥‥。

 

ただ、ここで響さんたち家族がよかったのは、

 

「響さんのできることに目を向ける」

 

っていう方にシフトチェンジしたことだと思います。

 

学校に行かなくなってからの響さんは、家で家事をしたり夕飯を作るようになりました。

 

元来、ハマったことはとことん追求するという響さん。ハマるととことん追求するという特性を持っているので、まずカレー作りにメチャメチャハマりました。スパイスまで自分で作ってしまうハマりぶり。そしてカレーの隠し味にコーヒーが使われていることからコーヒーにもハマるようになったというわけです。

 

苦手なことをどうにかしようとするのではなく、自分の出来ることをして、その中からハマれるものを見つけていった。これは参考になるんじゃないでしょうか?

 

色々な世界があることを知ることも大事!!

この本を読んでいてもう一つ大事だなぁと思ったのは、

 

「色々な世界があることを知る」

 

ってことでした。

 

響さんは、学校に通わなくなった後、ご両親のつてで色々な人に会わせてもらっていたんですね。

 

洋服を自分たちで作って販売していることもあり、仕事関係で関わる人たちは、自然ともの作りをしている作家さんや、いろいろな分野の生産者の人たちが多かったです。

そこで、ぼくはたくさんの死後お茶お金の稼ぎ方があるということを知りました。それまでのぼくは、仕事というのはどこかの起業にお勤めするものだと思っていたし、世の中にこんなに多くの職業があることを知りませんでした。

引用元:『15歳のコーヒー屋さん 発達障害のぼくができることから ぼくにしかできないことへ』p107  著者 岩野響 KADOKAWA

 

この経験かなり大事なんじゃないかと。

 

子供の頃なんて、どんな職業があるのかわからないし、それこそ学校に通って、高校なり大学を卒業して就職するってぐらいしか頭の中にはない人がほとんどだと思うんですよね。サラリーマンになってお金を稼ぐっていうのが当たり前っであるっていう、まぁある種の思い込みなのかもしれない。だから、そういう既存のルートに乗れないってなると、「自分なんてダメだ」って自己否定しまいがちだというわけです。

 

でも、世の中サラリーマンとして生きるだけが全てじゃない。もっと色々な生き方があるし、稼ぎ方もある。そういう人がたくさんいるってことを知れたこと。つまり、「色々な世界がある」ってことを知り、自分の視野を広げることができたことが、響さんがコーヒー屋さんという道を志すことができた理由なんじゃないかな。

 

ほんと、これはご両親素晴らしいと思いましたね。おそらく発達障害とか関係なく、既存の社会の枠組みにうまく適応できない人も参考になる考え方なんじゃないかな。決して生き方は一つじゃないし、働き方も一つじゃない。そういうことを早いうちから教えておくって、もしくは知る仕組みを作るのが大事ですね。

 

まとめ

そんなわけで、今回は『15歳のコーヒー屋さん 発達障害のぼくができることから ぼくにしかできないことへ』を読んだ感想を書いてみました。

 

この本の巻末で心療内科医の先生が、響さんとご家族のことを奇跡的とおっしゃっています。

 

響くんに「学校に行かなくていいよ」と言って、ご両親が受け入れたこと

彼が好きなことをとことんやらせて、それを仕事にできたこと。

岩野家のストーリーには、さまざまな‶いいこと‶が奇跡的に重なっています。私は45年もの間に何千人もの発達障碍者を診てきましたが、このようなケースは数えるほどしかありません。

引用元:『15歳のコーヒー屋さん 発達障害のぼくができることから ぼくにしかできないことへ』p180  著者 岩野響 KADOKAWA

 

確かに響さんの場合、かなりレアケースなのかもしれません。先生がこの本でもおっしゃっているように、そもそもお父さんが会社を辞めて自営業をするっていうことは、みんながみんなできるわけじゃないですからね。自分の特性とやりたいことがうまくマッチしたというのもなかなかないのかもしれない。

 

ただ、すべては無理かもしれないけど、部分的に真似をすることはできるし、参考にできる部分は沢山あるんじゃないかな?それこそ響さんのように「色々な生き方や働き方があることを知る」ってだけでも、相当生きやすくなると思います。

 

本書を読むことで、発達障害の当事者だけでなく、その家族や支援者、周りの人間、また不登校などで悩む人など、色々な人が気づきを得られる一冊だと思うので、興味がある方はぜひ読んでみてください!!

 

それでは今回はこの辺で。

 

響さんのコーヒー屋→https://www.horizon-labo.com/