我が家は読売新聞を普段とっています。いつも通り気になる記事や面白い記事を中心に読んでいたところ「ひきこもりを経験して」という特集が組まれていました。その記事ではひきこもり経験者の一般女性とお笑いコンビ髭男爵の「山田ルイ53世」さんがひきこもっていた時のことやひきこもりについて語っていました。
どちらの言葉も共感できる部分がすごく多かったのでみなさんとシェアしたいと思います♪
6年間ひきこもっていた山田ルイ53世
今でこそ貴族の格好をしワイングラスをぶつけて
「ルネッサーンス♪」
という芸がお馴染みのお笑いコンビ髭男爵ですが、メンバーの一人山田ルイ53世さんは中学校から6年間家にひきこもる生活を送っていました。
そのきっかけは
「ウ○コをもらしたから」
といってもそれだけが理由じゃなく家から学校が遠くてとか、部活終わってから遅くまで勉強してっていう生活がしんどかったみたいなんですね。そこを耐えていたところに「ウ○コをもらす」というのが引き金になって学校へ行けなくなってしまったとのこと。
特に山田ルイ53世の場合子供の頃には「神童」と自負していたぐらいで勉強も運動もできた子だったんですよね。その自分が「ウ○コをもらした」というのは大失敗なわけですよ。もう恥ずかしくてしょうがない。その恥ずかしさに耐えられないっていうことでひきこもりになってしまったんでしょうね。
山田さんも
「完璧な自分」復帰を邪魔
って言ってます。完璧主義な人間ほど失敗が恐いし、その失敗が許せない。失敗したら「もうダメだー」となってしまうパターンって結構多い気がします。ほんとみんな完璧なんて目指さなくていいんだよ。人間なんて欠陥だらけじゃないか。周りに完璧な人間なんて一人もいないでしょう。その不完全さを自分も他人も認めてあげることができたらものすごく生きやすくなると思う。「失敗なんてみんなするよね」ってサラッといえればいいのに。
「完璧じゃなくていい!!」
これは大にして言いたいですね。
何にもとりえがない人間がただ生きていてもなんにも責められない社会が正解
この記事読んでいて僕が一番共感したのはこの部分ですね。Twitterでつぶやいている方もいたので引用させていただきます。
中2から6年間ひきもりだった山田ルイ53世「みんながキラキラしてないとだめだっていうのはウソです。みんなが輝かしいゴールを切れるわけでもないのに、「みんなそうなろう」って風潮があり過ぎる。なんにも取りえがない人間が、ただ生きていても、なんにも責められれへん社会、いうのが正常です」 pic.twitter.com/Pb8f832QL7
— ミスターK (@arapanman) 2016年11月2日
個人的には「何のとりえもない人間はいない」と思っているんだけど、それを武器に「みんな頂点を目指せ!!」っていうのはなんか違うと思ってます。もちろん頂点を目指すことに喜びを感じる人は目指していいと思うけど、それがしんどい人だっている。
じゃあそういう人はダメで普通に暮らしちゃいけないのか?って言ったらそんなことないでしょ??めっちゃ頑張ってもいいし、そこそこ頑張ってもいい、時々休んでもいい、そんな風に誰の目を気にすることなく色々な生き方ができる社会が来るのが素晴らしいんじゃないかな?頑張れない人間だっていますからね。
「ただ生きる、誰に責められることもなく。」
それが自然にできるような社会になったら本当に素晴らしいと思う。そしてその方が絶対に絶対に全ての人が生きやすい!!!!そうなる方向に知恵を働かせるべきなんじゃないかな?
細かい支援が必要
こちらはひきこもり経験者の林さんという方の意見。彼女は16歳の時に体調を崩したのをきっかけに不登校に。その後20代で大学に通い始めるのですが、結局心身がまだ回復していなくて中退。20代半ばでも2年ほど家にひきこもるということで断続的ではありますが、何度かひきこもった経験がある方です。
彼女は現在ひきこもりUX会議を主宰しています。詳細は⇩のブログからご覧ください。
僕が林さんの語っていた事で特に共感できたのはこの部分です。
支援というと就労の支援ばかりです。親も支援者も、とりあえず働こうよと言うが、それができるならとっくに働いている。もっと前の段階の、家から一歩出るための細かい支援がたくさん必要です。
引用元:読売新聞11月2日
そうなんですよ。まず第一歩目を踏み出すって事が大事なんですよね。ひきこもり→就労までの間には本来いくつものステップがあって初めてそこにたどり着けるものだと思うわけです。それをいきなり10歩ぐらい飛ばして就労させようとするからみんな躊躇するし、大抵の場合うまくいかなかったりするんですよね。
たとえば心身を病んでしまっている人にいきなり「働け!!」といったってそれは無理でしょう。そういう人に対しては「まず体調をある程度よくしてから」というのが普通なはず。さらにはまずちょこっと外に出て散歩してみるというところから始めてもいいかもしれない。小さな一歩かもしれませんがそれだって確実な前進です。そういう小さな一歩を積み重ねた先に働くなり何かしらの到着点があると考えた方がいいんじゃないかな?
あるいは過度に自信を失っている人間や、人間不信、外に出るのが不安な人間だっています。そういう人に対してはたして「無理してでも働け!!」というのが適当なのかどうか。おそらくその人が働き始めたとしても大きなダメージを受けてしまう可能性が高いです。そして再びひきこもってしまう。それってすんごくもったいないじゃないですか。
もちろん、当事者としても最終的には働くなりなんなりして自分で生きていかなくてはならないなんてことはわかってるはずです。そのための一番の近道が就労だというのも十分理解できる。
でも、その近道がひきこもっている人間にとっては近いようでものすごく遠いわけです。メチャメチャハードルが高い。5メートルぐらいある谷底をジャンプしろ!!って言われてるようなもん。そりゃ誰だって躊躇するでしょ?
そうじゃなくて始めは30㎝とかでもいいからジャンプしてもらって成功してもらう。そうやって「自分はやっていける」「自分でもなんとかなりそう」っていう自信を掴んでもらうことがまず大事なんじゃないかな??ハードル下げて下げて下げまくること。そこから始めるといいんじゃないでしょうか。
急かしたい気持ちもわかるけど、そこは慎重に気長に支援をしていく方が結果的にひきこもっている人も動けるようになる気がしています。人によって進捗状況も違いますからね。
最後に
ひきこもるというと「自分には関係ない」と思う人もいるかもしれません。でも、そんなことはなくて病気、怪我、家庭、人間関係の挫折、会社での失敗、学校での失敗など様々な理由でひきこもりになる可能性はあります。決して誰もが無関係なわけではありません。
自分はならなくてももしかしたら自分の子供、あるいは友人の子供、自分の子供の友人がひきこもりになるケースだって十分あり得ます。その時に果たして「自分は関係ない」と言えるでしょうか?「ひきこもったのはお前が全て悪いんだ」と全てを自己責任に出来るのでしょうか?
なかなか当事者の気持ちになって考えるのは難しいかもしれませんが、ちょこっとだけでも想像力を働かせて考えてみるといいのではないでしょうか?
ひきこもり経験者の事を知るという点でいえば、今回この記事で紹介した山田ルイ53世さんがひきこもりになった時のことなどを綴った本もありますので良かったらご覧になってみてください♪図書館にもあると思うので借りてみるのもいいでしょう♪
それでは今回はこの辺で!!
最後までご覧いただきありがとうございました!!
次回もよろしくお願いいたします。
※今回の記事は読売新聞11月2日朝刊 12版 ひきこもりを経験しての記事を引用させていただきました。