ニート気質な僕の生きる道

自分の経験を活かして、無職やニートや、ひきこもりなど自分と同じように、「生き方」や「働き方」に悩んだり立ち止まった人が前向きになったり、自分の進みたい道に一歩踏み出すきっかけになるブログを目指しています。

ヒモでデブでニートでも大丈夫?

先日、ロンブーの田村淳さんが司会の番組「田村淳の訊きたい放題!」って番組を録画して見ていた。

 

なんで録画したのかっていうとゲストが堀江貴文さんだったから。最近堀江さんの本とかYouTubeチャンネルとかばっか見ている気がする。堀江さんの考えすんごく面白いのでYouTubeチャンネルとか見たことない人はぜひチェックしてみてほしい。

 

そんで今回番組では「日本は行き詰まりの現状から回復できると思いますか?」ってテーマで堀江さんともう一人のゲスト安倍敏樹さんとともにあれこれ話していくっていう回だった。年金問題とか、仕事がなくなるんじゃないか?とか少子高齢化でヤバいんじゃないか?みたいに結構色々なことで悩んでいて行き詰まりを感じている人も多いとのこと。

 

その流れで堀江さんがご自身のサロンに参加しているある人のことを語っていたのだがその話がとても印象的だった。その人は簡単に言うと「ヒモ、デブ、ニート」ということでまぁ世間的に言えばちょっとね‥‥‥っていう感じの人。女子ウケ悪いだろうなぁ(笑)

 

ただこの人ってサロンの中では結構重宝されてる人なんだそうだ。なぜなら時間があるので毎月行われるイベントに高い頻度で参加してくれるから。その人はホリエモン公認ヒモニート芸人と名乗っているようだ。

 

twitter.com

 

またニートでヒモということを公にしているので、この人がお金を持っていないことはみんなが知っている。だからお金持ってる人からおごってもらったりいらなくなったものとかもらえたりするらしい。

 

社長とかってお金はあるんだけど、働いていて忙しくて時間がない人も結構いるみたい。だから堀江さんとかがいざ誰かと遊びたいなってなっても「遊び相手がいない」っていうことがあるみたいなんですね。

 

そこで彼のような人物の出番!!ヒモでニートの彼には時間がたっぷりある。だから「遊びに行こうよ」って誘われたら「はい、行きます!!」ってなるわけ。そしたら社長とかお金ある人はお金あるから交通費出してくれたり、あるいはご飯をおごってくれたりもする。自分じゃなかなか行けない場所に連れて行ってくれたり、体験させてくれたりもできるわけだ。

 

まさに需要と供給がマッチングしたいい例じゃないだろうか?ニートっていうとついついマイナスイメージしか持てなかったりするんだけど、視点を変えてみると時間があることということは利点でもある。彼のようにその利点を有効活用することを考えるといいんじゃないかな?と今回堀江さんの話を聞いていて思った。

 

幸せの定義は自分次第なんだと思う。

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別に僕は今回の記事で

 

「ヒモでデブでニートになれ!!」っていってるわけじゃない。ヒモになれない人もいるだろうし、なりたくない人もいる。「ニートなんて嫌じゃー!!」って人もいるだろう。そこを言いたいんじゃない。

 

まずやり方次第で人生を楽しむことは可能だということを認識することだと思う。今回登場したヒモでデブでニートという人も、社会的にはもしかしたらダメな人かもしれないが、うまいやり方で人生を楽しんでいる。もちろん「人の金で楽しむなんて何事だ。」なんて人もいるかもしれないが、お互いにメリットがあり本人同士納得した上でのことなら少なくとも悪いことではないと思う。

 

また堀江さんが番組でおっしゃっていたように

 

「幸せの定義を自分で決める」

 

ってことができるなら、その人がどんな立場であろうともいいんじゃないかな?とも思う。それこそ堀江さんが紹介してたヒモでニートの人なんて周りの人から求められているし、その人自身もそれで楽しくて充実した生活ならそれでいいじゃないかと。

 

逆に「幸せとはこういうものだ」という誰かの定義に自分を当てはめて苦しんでる人ってけっこういるんじゃないかな?僕もそうだったけど、「大学卒業して就職できなかった」とか「体調崩して仕事をやめてしまった」とか「ひきこもって家から出れなくなってしまった」とかなると誰かが定義した「普通の幸せ」みたいなものからは外れてしまって、そうなれなかった自分をジワジワと苦しめることになる。

 

そうやって苦しんでいる人はその定義ってあなたにとって幸せなことなんだろうか?その定義からはずれると自己否定しちゃうぐらい悪いことなんだろうか?っていうのを考えてみるといい。

 

むしろその定義に無理やり自分を当てはめようとして不幸せになって「死んじゃいたい」とか自分を必要以上に責めてしまうぐらいならそんな定義は無視して「自分にとって本当に楽しいこと、幸せなことって何なのか?」って考えてそれに向けて動いていった方があなたも幸せだし、社会としても絶対いいと思う。その方がみんなイキイキするだろうし結果として人が輝けば活力ある社会になるはずだ。

 

実際「自分は社会に適合できなかった。もう駄目だー。」って人が溢れかえるよりも「社会には適合できなかったけど、別にそれでいいし、今めっちゃ楽しいじゃん。」って人が増えた方が絶対いい。そのためには一人一人が「自分にとって幸せって何なのか?」って考えて動いてみる。誰かの幸せのために生きるんじゃなくて自分の幸せのために生きる。自分が幸せになって結果として周りも幸せにできるようにすればいい。そうやって考えをシフトしてみると色々楽になる人多い気がするんだよなぁ。

 

もちろん今回お話したようにニートとかじゃなくてビジネスマンだろうが主婦だろうが学生だろうが関係なく。今幸せだと思えている人ならいいけど、「なんか楽しくないな」とか「今幸せじゃないな」と感じているのなら改めて自分の内面と向き合ってみるのもいいかもしれない。

 

僕もまだまだブレまくりなのだが、今後自分なりの幸せを定義していければいいなと思っている♪

 

それでは今回はこの辺で。

最後までご覧いただきありがとうございました。

次回もよろしくお願いいたします。

 

参考サイト

TOKYO MX 田村淳の訊きたい放題!

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