AI(人工知能)に関してよく言われているのが「AIによって仕事が奪われる」といったものです。すでに、僕らの社会には様々な機械が仕事場に入り込み、人のサポートをしたり、あるいはこれまであった仕事がなくなっています。今後もさらに機械化が進んでいければ間違いなくさらに多くの仕事がなくなっていくでしょう。
ですが、僕らの社会はテクノロジーの進化の度に新しい仕事も生み出してきました。パソコンができれば、パソコンのメンテナンスや、Webサイトのデザイナー、プログラマーなどなど。必要に応じて人は新しい仕事を生み出し、そこに吸収されていく。だから、一時的に失業者は増えるかもしれないけど大丈夫だ。テクノロジーの進化に人は対応できる。そう楽観的に話す人もいますよね。
でも、はたしてそうでしょうか?そんな楽観論に対して警鐘を鳴らす人がいます。数学者の新井紀子さんです。今回はその新井さんの書かれた『AI vs教科書が読めない子どもたち』という本を紹介したいと思います。
この本を読むと以下のようなことがわかります。
- 僕らがAIに抱いている理想と現場の人の認識している現実とのギャップ
- AIの何が得意で何が不得意なのかといった能力の部分
- 人間はAIにできない仕事ができる能力があるのか?
AIに過剰な期待を抱くでもなく、かといってAIを過小評価するでもなく、僕たちの社会にAIがどんな影響をもたらし、今間近に迫っている危機について提示してくれている良書だと思います。では、この本には一体どんなことが書かれているのでしょうか?少し、その内容に触れていきたいと思います。
AIは東大に合格できるか?
著者の新井さんは「ロボットは東大に入れるか」(愛称は「東ロボくん」)という、とても面白いプロジェクトを行いました。名前の通り、人工知能が東大入試に合格できるかという試みです。
東大に合格できたらそれはもうすごいですよね。東大といえば日本トップレベルの優秀な人材が集まる学校なわけで、その試験に合格できるということは、機械が日本の中でもトップレベルの人たちと同等の知能(的なもの)にまでなったというわけですから。そうなれば、今後、さらにレベルが上がれば、機械が人間の知能を上回って…なんて未来を想像してしまいます。
さて、このプロジェクトの結果を見ていく前に、まず前提として僕たちが共有しておかなければならないことがあります。それは現時点で人工知能(AI)はあくまでコンピュータでしかなく、コンピューターが行うのは計算でしかないということです。
人工知能というと、どうしても人の脳と同じ働きをすると考えがちです。この本にも書かれていますが、人間の脳の仕組みを完全に解明することはできていません。せいぜい、ある行動をしたときにどんなふうに血液が流れているか、電気信号はどのような動きをしているのかを確認できるぐらいです。
そんなわけで、現状、人の脳を再現することはできないらしく、コンピューターによる計算によって、人の考えや知能を表しているように見せるぐらいしかできないということです。
こうした前提を共有した上で、先程の「東ロボくん」に戻ります。2011年から始まったこのプロジェクトでは、はたして東大に合格することができたのでしょうか?結論から言えば、合格することはできませんでした。では、どのぐらい可能性があったのか。本書によると東ロボくんは2016年度の模試において、偏差値57.1まで偏差値を上げることができたそうです。
新井さんによるとこの偏差値だと、学部によってはMARCH(明治、青山、立教、中央、法政)にも合格できる可能性があるとのこと。これは、日本の大学の中でいえば上位にあたる大学と言えるでしょう。
「すげぇ!ここまできたらそのうち合格するのでは?」と思う方もいるかもしれません。しかし、新井さんはこのプロジェクトの限界も感じているようです。つまり、今の人工知能のあり方、計算によって問題を解いていくやり方では、これ以上の上昇は望めない、せいぜい運良くいっても偏差値は60ぐらいまでしかいかないだろうということです。
その理由について、詳細はぜひ本書で確認してほしいところですが、簡単にいってしまえば「計算で解ける問題と解けない問題がある」ということです。つまり、計算機によって問題を解いていくAIには得意な分野と不得意な分野があり、計算機という性質上、今後いくら機械の性能があがろうと解けるものではないというわけです。
もしかしたら、AIに対して期待を抱いていた人はがっかりしたのではないでしょうか?ただ、がっかりするだけならいい。それ以上にゾッとする内容が書かれているのが本書の第3章以降です。
人間ってAIに勝てるの?
今のところのAIの限界はわかってもらえたかと思います。かといって安心はできません。なぜなら、AIは少しずつ確実に人間の仕事を奪い始めているからです。
先述したように、「東ロボくん」ではAIが偏差値50代後半ぐらいまでは到達できるようになりました。つまり、今後は偏差値50代後半〜60前後(場合によってはもっと上)の能力を持つAIと人間は競争しなければならないというわけです。
でも、AIには不得意な分野がある。仕事だってそうだろう。だから、人間はその分野で勝負すればいいんじゃないか?確かにその考えは真っ当なものです。ですが、ここで、新井さんは恐ろしい事実を告げます。それは、AIが不得意な仕事に必要な能力、具体的にはコミュニケーション能力や理解力と、その基礎となる読解力に関して、日本の子どもたちは危機的であると言っているのです。
ちなみに、これも新井さんがいっていることですが、この話って子供に限ったことではないんですね。日本の教育体系は、世代ごとにそれほど大きく変わっているわけではない事を考えると、大人である僕らも含めた日本人全体の読解力が危機的であるということです。タイトルにもあるように「学校の教科書に書かれていることが理解できていない」ということ。これでは、AIと戦うのは難しいと言わざるをえません。
具体的にどういったテストを行なって、読解力の有無を判断したのかといったところや、読解力が低いまま放置すると訪れるネガティブな未来については、ぜひ本書で確認してほしいところです。とにもかくにも、このままではホワイトカラーも含め、僕らのうちの多くはAIに勝てずに淘汰されてしまう可能性があるということは覚えておくといいと思います。
まとめ
今回は『AI vs教科書が読めない子どもたち』の内容を紹介してみました。
この本は、AIに抱く幻想とその幻想を元にした楽観的な未来を冷静に否定しつつも、AIの能力を多くの人間が対抗できなくなる可能性や、その理由をきちんと説明している一冊だと思います。目を逸らしたくなる現実ときちんと向き合っている本です。
この本のタイトルにもなっているように、教科書が読めない子ども(大人)たちが、日本人の多くを占めている可能性があることは、衝撃的な事実だったのではないでしょうか。
また、これは僕の個人的な感想ですが、今、僕らの多くは人間的な能力ですら機械に負けちゃったりしているわけで、「それってもはや人間の皮を被った劣化した機械なんじゃないか…」と思ったりして、背筋がゾクっとなりました。機械に仕事を奪われる、将来仕事がなくなるっかもしれない云々も怖いけど、僕らからどんどん人間性みたいなものが失われ、より機械に近づいていっているのではというところに恐怖を感じます。これは考え過ぎでしょうか。
残念なことに、この本には具体的にこうすれば読解力が上がるという方法は書かれてはいません。ただ、新井さんたちの研究グループでは、読解力を上げるための検証を行なっているとのこと。これは多分、僕も含めた多くの人が知りたいはずなので、今後の研究成果を待ちたいところです。
こうした厳しい現状も含め、この本は、今仕事をしている人、これから仕事につく人、お子さんがいる人、子供を作る予定の人、教師など教える立場にある人など、様々な立場にいる人にとって、これからのAI時代を生きていく上で参考になる部分は多いと思います。興味がある人はぜひ読んでみてください!