先日、『劇場版 センキョナンデス』という映画を観てきました。場所は渋谷にある『シネクイント』です。
僕は元々、今作の監督兼出演者であるダースレイダー(以下ダースさん)さんとプチ鹿島(以下鹿島さん)さんがやっているYouTube番組『ヒルカラナンデス』を時々視聴させてもらってまして、面白いことやってるなぁと注目してたんです。そんなお二人が映画を作るということで、「こりゃあ、見逃すわけにはいかねぇな!」となり都内まで出かけて行ったというわけです。
詳細は後ほど書きますが、率直に「おもしれぇ!」というのが僕の感想です。本作はタイトル通り選挙を取り扱った作品ですし、しかもドキュメンタリー。「選挙とドキュメンタリー?それ面白いの?」と思う方もいるでしょう。
ところがこの作品は笑いあり、驚きあり、息を呑む場面ありといった具合に、数多の娯楽作品に負けず劣らずのエンタメ性を備えているんです。また、物語を盛り上げるために必要なキャラクターもちゃんといます。そう、政治家の人たちですね。彼ら彼女らのキャラの濃さよ。各々の言動が非常に個性豊かで、劇場では僕を含め多くの人が声を出してゲラゲラ笑ったり、リアクションをとっていたりしました。それだけじゃなく「えっ!」と目を丸くしてしまったり、画面越しに起こった出来事とその緊張感に身を固くしてしまうなんてことも。楽しいけど楽しいだけじゃない。観ている人の心がガンガン揺さぶられる。そんな作品になっていると思います。
作品の背景、豆知識
はじまりは部屋の一室から
詳細な感想を書く前に、まず本作のざっくりとした背景や豆知識をお伝えしておきます。すでにお伝えしたとおり、本作はラッパーのダースさんと芸人の鹿島さんのYouTube番組『ヒルカラナンデス』から派生したものです。
お二人はコロナが本格的に流行し始めた2020年の4月に『ヒルカラナンデス』をスタート。ダースさんの家(主に娘さんの部屋)からスマホで配信しながら政治や時事問題について語るという斬新?なスタイルで番組を配信。最初は室内配信だったものが、徐々に認知されていき、様々なジャンルの方達とイベントでコラボしたり、地方でのイベントや取材も増えていきました。その中で、選挙に関心が高かったお二人が、実際に選挙戦の様子を取材、撮影したものが素材としてたまっていったんですね。それをうまく活用して『劇場版 センキョナンデス』が完成しました。
本作の舞台となる選挙は?
本作では2つの選挙に焦点が当てられています。前半は2021年10月に行われた第49回衆議院議員選挙の様子です。舞台は『なぜ君は総理大臣になれないのか』(2020/大島新監督)で取り上げられた小川淳也議員や、菅内閣でデジタル改革担当大臣とになった平井卓也議員が同じ選挙区で争う香川1区。この地区の取材に至るまでの紆余曲折はぜひ、『ヒルカラナンデス』やパンフレットなどで確認してもらえると、さらに楽しいこと間違いなしです!(見なくても十分楽しい)
後半は2022年7月に行われた、第26回参議院議員選挙を取材した時の様子を見ることができます。ここではまだ記憶に新しい安倍元首相の襲撃事件時の緊迫した様子が映し出されます。あの時、あの場所で政治家をはじめ人々は何を語り、どんな態度を取ったのか。そんな振り返りをする上でも役に立つ、貴重な記録映像になっていると思います。
センキョナンデスはなぜ面白かったのか?
予定調和をぶっ壊す!
ここからは僕の感想をガッツリ書いていきます。なぜ、この『劇場版 センキョナンデス』が面白かったのか。すごくシンプルにいえば「2人が予定調和をぶっ壊してくれたから」に尽きると思います。選挙ともなれば政治家は取材も受けますし、外で人々に向けて演説も行います。でも、それは予定調和ですよね。大体何聞かれるかもわかるし、話すことも大枠は決まっています。政治家は人々に対しては頭を下げ笑顔を振りまき、決して横柄な態度は見せない。表向きの政治家を僕たちは見るわけです。
そこに飛び込むダースさんと鹿島さん。政治家の演説会場を飛び回り、選挙対策事務所などにも足を運びグイグイと懐に飛び込んでいく。そして、気になることをガンガン質問していきます。それは、向こうからすれば予定外の出来事。そうしたアドリブ的な場が生まれることで、普段政治家たちが被っている表側の仮面が少しズレて、素に近い表情だったり言動を垣間見ることができるんです。
特に鹿島さんのツッコミ具合がすごかった。映画評論家の町山智浩さんはその様子を例えて「プチ鹿島は指ハブか?」というコメントを残していますが、対象者への食らいつきぶりは一見の価値あり。政治家、関係者関係なくスッと近づきカプっと噛み付く。その時々に見られるダースさんの「この人すげぇな‥」って思ってるに違いない表情もガチ感があっていい。ある場面ではそんな二人を嫌がってか逃げる対象者を静かに追いかける、ラッパーと芸人の大人の鬼ごっこも観測することができます。あそこは対象者の逃げっぷりがあからさまでほんとに笑えました。
選挙、あるいは民主主義は機能しているのかと問いかける作品
基本的に本作は笑ってしまう場面が多いのです。とても楽しい作品ではありますが、一方で「果たしてこれでいいのかな?」という疑問も頭に浮かんできます。選挙はエンタメ性が高い。候補者のキャラが立っていてストーリーもある。それは逆を言えば「候補者を選ぶ国民がそういう部分で誰を選ぶかを判断している」ということでもあります。政策とか過去どのように政治に関わったとかではなく、人々は情緒的な部分やわかりやすさで判断してしまっている。僕も含めてね。
だから、選挙にはキャラが立っている元タレントやアスリート、俳優などが毎回のように出馬するし、立派な肩書きを兼ね備えた人、あるいは世襲と言われるような政治一家や関連の人たちなどが候補者になるわけです。
また、女性候補者はどうでしょうか。男女平等と言われて久しいですが、日本の政治の世界では女性の議員の割合がとても少ないです。ニュースキャスターとして活躍された安藤優子さんが書かれた『自民党の女性認識「イエ中心主義」の政治志向』では、そうした女性候補者の様々な現実が数字で如実に示されています。
この映画に出てくる女性候補者たちはハキハキとしていて、誤解を恐れずに言えば「強そう」な人たちです。でも、それはもしかしたら圧倒的な男社会である政治の世界で女性が選挙で選ばれるための生存戦略なのかもしれない。あるいは強さ以外の何か武器が必要なのかもしれない。でも、そうしなければならない構造がおかしいのでは?なんてことも考えさせられます。
また、組織票というものがありますよね。本人はそこまで支持しているわけではないかもしれないけど、所属する組織の意向で〇〇党の〇〇議員に予め投票が決まっているというような場合。奇しくもダースさんと鹿島さんが取材した参議院選挙で、安倍元総理が殺害されたことをきっかけに、政治家と旧統一教会との関係が再燃しましたね。実際、現職の政治家の中には団体に所属する人たちからの票がなければ落選していた人もいます。つまり、宗教団体、会社組織などの意向や影響によって票を投じる相手が決まってしまい、選挙結果が大きく変わってしまうことがあるわけです。
選挙は国民のために働く政治家を決めるものです。でも、これでは政治が国民のものではなく特定の人たちのためのものになってしまう。公であるはずの政治が私物化されてしまう。これって何かおかしくないでしょうか?
映画内、もしくは『ヒルカラナンデス』や他の場でダースさんは「日本は民主主義国家ではないのでは?」と疑問を呈しています。民主主義とはその名の通り「民が主となり国の形を決めていくこと」です。日本は民主主義国家と言ってはいるけど、それは形だけなのでは?中身はどうなんだろう?ダースさんが呈する疑問は計らずともこの映画を通じて、観ている僕たちに投げかけられているように思います。
まとめ
今回は『劇場版 センキョナンデス』の感想を書いてみました。たとえ選挙や政治に興味がなくても大丈夫。まず、普通にエンタメとして楽しい作品です。ベタなものからシュールなものまで幅広く楽しめます。むしろ、興味や関心がない人にこそ見てほしいですね。特に前半はエンタメ要素に溢れています。
この作品を観ていると「選挙楽しいなぁ」と素直に思うことができます。普段、街頭演説はほぼスルーしちゃう僕ですら、次に選挙あったら演説聞いてみようかなと思いましたもん。そういう観たものの行動に変化を与えるぐらいの楽しさ、エネルギーがこの映画には詰まっています。
もちろん、楽しいというだけでも大成功ですが、本作はすでに僕が述べたような民主主義についても考えさせてくれる作品です。それもこれも、ダースさんと鹿島さんという選挙では異色のお二人が、忖度だらけの政治の世界を忖度なく掻き回してくれたからだと思います。
ぜひ、お二人がガンガン切り込む勇姿を見てゲラゲラ笑いつつ、良くも悪くも思わず笑ってしまうこの国の政治なり選挙なりを考えてみてほしいです。見て損はない作品ですし、続編希望の僕としてはぜひ多くの人にみてもらって次に繋がってほしいと思っています。
まだの方はぜひ映画館まで!
あっ、あとこれから映画観る人も、既に観ちゃった人もパンフレットは買いです!
お二人の活動の歴史や、本作の大まかなストーリー、エッセイ、登場する政治家達のプロフィールなどなど見所盛りだくさん!これで1000円はお得すぎるのでオススメですよ!
参考サイト
映画『劇場版 センキョナンデス』公式サイト| 全国順次ロードショー
総務省|令和4年7月10日執行 参議院議員通常選挙 速報結果
総務省|令和3年10月31日執行 衆議院議員総選挙・最高裁判所裁判官国民審査 速報結果
参考書籍
『劇場版 ヒルカラナンデス パンフレット』(2023/ネツゲン)
『代表制民主主義はなぜ失敗したのか』(2021/藤井達夫/集英社)
『みんな政治でバカになる』(2021/綿野恵太/晶文社)
『自民党の女性認識 「イエ中心主義」の政治志向』(2022/安藤優子/明石書店)