ニート気質な僕の生きる道

自分の経験を活かして、無職やニートや、ひきこもりなど自分と同じように、「生き方」や「働き方」に悩んだり立ち止まった人が前向きになったり、自分の進みたい道に一歩踏み出すきっかけになるブログを目指しています。

『生きづらさを抱えるきみへ』逃げることについて考えていることを書いてみた。

逃げてもいいんだよ。いやっ、逃げたら一生逃げ続けるぞ。

 

あなたは逃げるという言葉に対してどのようなイメージを持っていますか?ポジティブ?ネガティブ?必要?不必要?おそらく人によって意見は異なるでしょう。

 

ちなみに僕はと言えば「ほんとにしんどかったら逃げてもいい」という考えでして、なにがなんでも逃げてはいけない、逃げたらもうおしまいだなんてことはなくて逃げたら逃げたで逃げた先でまたやっていけばいいじゃんと思うわけですね。

 

でね、なんでまた急にこんなことを話し出したのかというと、たまたま逃げることに対して前向きな考え方をしている本を読んだからなんです。

 

この本は、タイトルにもあるように生きづらさを抱えている人たち、とくに若い10代とか20代の方向けに書かれた内容になっています。現在様々な業界で活躍している「逃げた過去がある人」の考えに触れることで、苦境からの逃げ方、逃げることをどうやって人生に活かしていくかを教えてくれています。

 

文章は非常に簡易なので、活字を読む人が苦手な人でも十分理解できるし、わりと若い人の言葉も掲載されているため、若者にも届きやすい内容なのかなと思います。ちょろっとしんどいな、追い込まれているなという時にここに書かれている書き手の人たちの考えに触れてみると、気持ちがちょっと楽になったり何か気付きがあるかもしれません。

 

まぁ、たまには逃げてもいいじゃない。人生長いんだもの。

学校であったり、会社のような閉じたコミュニティ、狭い人間関係の中に放り込まれると、まるでそこが社会のすべてなのではないかと思ってしまうこともあるかもしれません。

 

上司が言ってることは絶対だ。上司が言っていることは正しい。会社を辞めたら生きていけない。学校には行かなければならない。友達から嫌われてはいけない。

 

まるで、呪縛のようにそれはあなたを苦しめます。縛り続けます。その息苦しさはやがて生きづらさにつながり、ついには「こんなに苦しいならもういいかな」と自らの命を放り出させてしまう。

 

自らの命を放り出す、自らの心身を痛めつける、そんな場にいるぐらいなら全力で逃げろと言いたい。

 

自分の命や健康よりも大切なものなどまずこの世にはないといっていい。上司がなんだ?友達がなんだ?先生がなんだ?世間がなんだ?関係ない!!

 

誰かに殺されそうなら必死で逃げるでしょ?必死で叫ぶでしょ?それが当たり前のことだし、それを「臆病者」だとか「弱虫」だなんていわれる筋合いはない。その人たちはあなたの人生の支えにはならない。あなたの命を救ってはくれない、生きづらさから解放なんてしてやくれない。だから無視していい。

 

逃げた後の人生に責任をとれるのか?いやっ、とれねーよ!!

よく逃げることをすすめると、「会社や学校から逃げたとしたらその後の人生が詰むぞ。あんた責任とれるんのか?」という意見を目にすることがあるんです。いやいや、とれねーよ!!逆に他人の人生の責任を俺が一手に引き受けますなんておかしいでしょ?

 

じゃあ、僕も逆に聞きたい。

 

「あなたが逃げるなといった相手が逃げずに死んだり、心身を病んでしまったらあなたは責任をとれるんですか?」

 

取れないでしょ?取ろうとしたってどうやってとるのよ?相手すでに死んじゃってんだよ?精神やんだり体ボロボロになってるんだよ?そういう人にどんな責任の取り方があるんですか?

 

他人の人生の責任なんて取れないんですよ。取れるなんておこがましいことをいっちゃいけない。そんなことはできやしない。

 

ただ、じゃあどっちがベターなのかってことを考えた時に、「いやっ、そりゃ死んでしまうより、心身が病んでしまうよりその場から逃げた方がいいに決まってるでしょ」という話。シンプルじゃないですか。

 

もちろん、その人の人生の責任はとれません。ただアドバイスはできるし、「こういうところに相談してみたら?」って専門機関をお伝えすることはできる。後押しぐらいはできるはずです。命があって心身がそこまで疲れていなければその後も動きやすい。どっちが次につながるのかってことを考えたらそりゃあ逃げることをおススメしますよってことです。

 

逃げたからといって人生なんて終わりませんって。逃げてちょっとヤバいところから距離置いてまたやり直せばいいじゃないですか。それだけのことです。

 

まとめ

というわけで、今回は逃げることについて考えていることを書いてみました。

 

生きづらさというのは本人にしかその苦しみやしんどさなんてわからんもんです。そしてそれがどのぐら自分を追い詰めているのかも本人だけが知っています。他人から見たら「そんなに苦しんでたの?」ということでも、「もうこの世から消えてしまいたい」というほどなのかもしれません。

 

だから、僕は「そんなことで逃げちゃだめだ」なんて言いません。本人が選択をすればいい。その時に「逃げることも選択肢の一つとしてあっていい」というのが僕の考えです。

 

しんどくて苦しくて辛くて追い込まれて目の前に希望なんてないなら、逃げていったん撤退して体制を立て直す。逃げたあなたを誰が責められるもんですか。逃げてまた自分の人生を作っていけばいい。僕はそんな風に思っております。